京大人文研科学史資料叢書
* 収録内容は一部変更の可能性がございます。
1 近世天文暦学Ⅰ 游藝『天経或問』
京都大学人文科学研究所名誉教授 武田時昌 京都大学人文科学研究所の科学史研究室では、研究会、読書会で数多くの中国科学史、技術史関連の文献を会読してきた。その歴史は、戦前の東方文化研究所の時代に遡る。当時の名称は、天文暦算研究室(主任:能田忠亮)であったが、会読テキストに『漢書』律暦志を取り上げ、中国天文暦法の基礎的研究として、三統暦の数理的解明に挑んだ。人文科学研究所に改組された後、主任教授は、藪内清、山田慶兒、田中淡、武田時昌と推移するが、会読形式の科学史研究会は継続され、天文暦術、医薬、農業技術から博物学、占術、日用類書に至るまで多種多様な典籍の読解に取り組んだ。 共同研究の遺産 京都大学名誉教授 金 文京 本叢書の編集責任者である武田時昌氏は、私の京大人文研東方部でのかつての同僚である。人文研は戦前より共同研究をもって世に知られるが、中でも東方部の共同研究は、会読による典籍の綿密な訳注作りに特色がある。専門を異にする複数の研究者による会読には、多大の努力と忍耐を要するが、本当に大変なのは、会読が終わった後、原稿を整理して公表までこぎつける作業である。そのためせっかくの原稿が日の目を見ずに眠っていることも少なくない。定年後、清閑の日々を送っているとばかり思っていた武田氏が、十三巻にもおよぶ膨大な量の原稿を整理し公刊されると聞き、私は大いに驚いた。まずは武田氏の一大決心に敬意を表したい。と同時に、この難事業はもとより武田氏一人の力だけではなく、後任の平岡氏および会読に参加された多くの方々の協力があってこそなしうるものであり、藪内清先生以来、伝統ある科学史研究室の結束とチームワークの良さに感心した。本叢書が斯界の今後の研究に大きく貢献するであろうことは、門外漢である私のよく断言するところである。先日、路上で偶然武田氏に遇い、立ち話で推薦文を依頼され、私は即座に承諾した。もとより昔の同僚としての誼であるが、決してそれだけではない。 大阪府立大学名誉教授/元・日本科学史学会会長 斎藤 憲 何故に原典資料集を編纂するのか。翻訳と注釈では足りないのか。その答は単純である。原典の全てを理解することは不可能であるから。時の篩を潜り抜けた伝来資料は孰れも当代最高の知性が、一言一句、最上の表現を選び抜いた労作である。しかしそれらは我々には不可解な謎に満ちている。専門の学徒とて現代の子、遠い時代の、異なる文脈を背負う著作を完全に理解できるはずもない。何気ない一節に想像を超える前提や思考が隠されていないとは断言できない。凡そ無意味と思われる異読も、それ自体が謎めいた割注も、其処に意味を見い出す学徒がいつの日か現れるやも知れぬ。だからこそ膨大かつ退屈な、しかも時に困難な決断を要求する校勘・校訂という作業から逃れる訳にはいかない。忍耐は時に思わぬ発見によって報われる。とはいえ謎の大半は次代の考究に託す他はない。古典研究とは、時と場所を隔て相見えることもない学徒の共同作業でもある。西洋古典学は今なお十九世紀の校訂版に負うところが少なくない。してみれば、本資料叢書が連綿たる考究の鎖の中でひときわ大きな一齣を印し、次世紀に至るまで学徒と読者に恵沢をもたらすと予期して当然であろう。 |
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